砂木『POINT CLOUD PAPER』(盆地Edition、2022)

砂木『POINT CLOUD PAPER』(盆地Edition、2022)

点群データと聞いて、どのくらいの方が「ああ、あれね」となるでしょうか。ヒトを含む哺乳動物の多くは、網膜で捉えた可視光を脳内に描画して周囲を認知していますが、コウモリのように超音波を発して、それが何かの表面にぶつかって跳ね返ってくる時間差から周辺像を脳内に立体化する生物もいます。点群データとは、ある装置から全方向へ放射された無数のレーザー光線によって、コウモリ式に周辺の表面からなる立体像を捉えるもので、3次元座標と色のデータからなる点のデジタル空間上における分布のことである……って、これ、伝えられてますか?

伝わっていることを祈りつつ、ではこの本は何なのかというと、とある古い木造住宅を対象に取得された“点群”を、文字どおり点の群れとして、あらためてワイド/テレを変えながら撮影したものをプリントして束ねた、いわば写真集のようなものです。カメラというのは目の構造を機械化したものですから、言い換えるならこの本は、「コウモリの目で捉えた3次元的表面世界をヒトの網膜に投射した像を紙焼きした束」のようなものである……って、これ、「なるほど」ってなっていますか?

心配しつつ続けますね。

ヒトの脳には、図像から対象の属性や階層性を認知する能力があります。どういうことかというと、たとえばこれは床だとかそこに置かれた椅子だとか、あるいはその上に掛けられたカーディガンだとか、そういったことです。でも、コウモリの目ではそうはなりません。ある漫画*に地球人になりすました宇宙人が出てくるのですが、外見をそのままコピーした結果、靴や眼鏡もカラダの一部として、つまりそういう色艶の表面として、爪や目のようなものと区別なく一体成型してしまい、お座敷で靴を脱げない羽目になる、みたいな事態が滑稽に描かれます。点群データはこれに近いです。万が一モデルになった地球人が手に鉛筆を持っていたら、それも表面の一部になりかねませんし、座っていた椅子は、それが置かれた床は、部屋は……と、表面の色とかたちは、どこまでも属性の境目も奥行きの階層もなく、化け物のように連続してしまうことでしょう。なにしろ点群データでは、椅子もその上に掛けられたカーディガンも、ただレーザーの先端が当たった表面のある一点についての、座標と色の情報でしかないのですから。

点群データのスティル写真集を眺めることには、たとえばそんな底なしの感触があります。見ているはずのものが、私たちが知っていたつもりの共有感覚が通用しない不気味さで、けれども写っている。そういう、話の通じない相手と、と言うか、見ている相手の目がもはや目かどうかもわからない対象と遭遇してしまったかのようなクラクラを、うっかり気持ちよく感じてしまうようなあなたなら、ぜひこの本の1ページをお部屋の壁にピンナップしてみては如何でしょうか?

*「奥村さんのお茄子」高野文子著『棒がいっぽん』(マガジンハウス、1995年)収録

中山英之(なかやま・ひでゆき)

1972年生まれ。東京藝術大学建築学科卒、同大学大学院修士課程修了。伊東豊雄建築設計事務所を経て、2007年に中山英之建築設計事務所を設立。主な作品に『O邸』(2009年)、『Y邸』(2012年)、『弦と狐』(2017年)、『mitosaya 薬草園蒸留所』(2018年)など。2014年より東京藝術大学准教授。


『POINT CLOUD PAPER』について

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